阪無 美潔(主婦)
ストリートチルドレンといわれている子どもたちに会った。
彼(女)らはとっても人懐っこいのに、少々驚いた。はじめまして、と握手をすると、なかなか手を離してもらえず、そしてツアー中に何度となく会った子どもたちには、しばらくの間、抱きつかれたまま・・・。
目は口ほどに物を言う、といった言葉があるけれど、彼(女)たちの瞳の奥から、何かしら、伝わってくるものがあり、それが何なのかわからないままの自分が、そこにいた。
ストリートエデュケイターに同行して、数カ所(ストリートにいる子どもに会いに)行った所の一つ、メキシコシティで最も大きいと言われているメルカード(市場)の一角(そこは麻薬の密売人や売春婦がたくさんいて、かなり危険な場所らしい)にいた子どもたちは、生きているのか、もはやわからない状態で、息をのんだ。
廃品に埋もれてゴミと一体化して眠っている少年たち。かろうじて足だけが見えている 。おびただしい残飯、おびただしいほどのハエ、虫。今までにかいだことのない臭い。今までに見たことのない色、空気、時間。そこだけは、何もかもが止まっていた。エデュケイターの問いかけにもまったく動かず、無気力という重い固まりで覆われていた。でも、彼らはそこがお気に入りのようだ。食すること、着るもの他、すべて手に入る。物乞い、荷物運びの手伝いで、少々のお金は手に入る。そのお金の99.8%はドラッグを買うのに消えてしまう。何不自由なく暮らしていける、そんな場所らしい。理屈は十分にわかる。けど・・・
彼らの人生って何なのかな?生きるって何?毎日って何のために存在するの?思いっきり心が重くなった。思い出って存在するの?楽しいことって何? “What(何)”という単語が私の頭の中で、クルクル駆け回っている。
ストリートチルドレンといわれている子が、ストリートアダルトといわれている大人に刺し殺された。妊娠している少女は車にひかれて亡くなった。胎児も命を奪われた。なぜだかわからないけれど、泣いた。涙が止まらなかった。
同じ人間としてこの地球に生まれ、生まれてくる子どもたちは親を選ぶことはできない。また、親も子どもを選ぶことができない。けど、親と子という関係になった以上、どんなことをしても、絶対無条件で心から精一杯の愛情を親は子どもに与えなくてはならないと、私自身、心からそう思った。
絶対親は子どもの手をはなしちゃいいけない。しっかりと愛情と一緒に握っておかなくてはならない。目をはなしちゃいけない。絶対あってならないこと。いつでも心から力いっぱい、親は子を抱きしめてやらなくっちゃ。子どもには何の罪もないのだから。
彼(女)らは、本当に純粋で素直で心優しい、かわいい子どもなんだから。
30年余り生きてきて、最も印象的、なおかつ貴重な熱い経験をさせていただいたことに、この場をおかりして、改めてお礼を申し上げたいと思います。
*阪無さんは、長男の賢太くん(7歳)と参加されました。
佐藤 真実(中学生)
私は今回メキシコに行って、数えきれないほどのことを学びました。自分でも気づかないうちに、精神的にとても成長できたように思います。どこにでもあるような感動ではなく、私のようなつたない語学力ではとても表現しつくせない、深くて重いものを、この旅行で感じました。
今までは単純に、日本の子どもはメキシコの子どもと違って、何にも恵まれていて幸せなのだろうと考えていたのですが、そんな私はNGO「カサ・ダヤ」の子どもたちのパワーに圧倒されてしまいました。みんな辛い経験をしているにもかかわらず、人懐っこくて 元気で明るくて、私はふととても哀しくなってしまいました。私たち日本人とこの子たちに、何の格差があるだろう、ただ生まれついたところが違ったというだけで、なぜこんなにも私たちは恵まれているのだろう、と思うと、やるせない気持ちになりました。私が日本で小さなことに傷ついて苦しんでいるときも「カサ・ダヤ」の子どもたちは、過去にとらわれずに、元気に生きているのです。私は自分の情けなさをひしひしと感じました。
この旅で今まで私が信じていたこと、正確には信じようとしていたことが、すべて壊されたように思います。心の外側を覆っていた、くだらない先入観のことです。そのせいで、今までよりずっとまっすぐに物事をみつめられるようになりましたが、同時に今までは無理にごまかして乗り越えてきたことも、これからはそう簡単にはいかなくなりそうです 。
今、ストリートチルドレンたちに一番大切なものは、お金でもきれいな施設でもなく
愛情だと思います。物やお金は分け与えればいつかなくなってしまいますが、愛情はいくらたくさんの人に分け与えても、絶えることはありません。自分にはストリート以外に居るべき場所があって、そこには自分を愛してくれる人がいることを、信じてほしいです。
小松 仁美(大学生)
まず、スタディツアーを企画、実行してくださった方々に、ありがとうございました。 そして、ジュリエさん、ケンさん、小池さん、賢太くんに美潔ママ、真実ちゃん、太一郎さん、裕美さん(以上、ツアー参加メンバーの面々)、楽しい旅をありがとう!特に、(工藤)律子さんと王子様(篠田さんに賢太くんが付けたあだ名)お疲れさまでした。それから、スケッチブックくん 、キミにもありがとう。
さて、絵描きが趣味の私はツアーに参加するにあたり、絵を描くという一つの目的がありました。これが、思わぬところで役に立ちました。子どもたちや現地の方との交流を生む、というかたちで。
スケッチブック1冊をうめて帰る、と決めて、私はメヒコ(メキシコ)へ行ったのです 。がしかし、メヒコに着いて2日間、私は何も描くことができずにいました。
そんなとき、(NGO)カサ・アリアンサで空き時間ができたので、絵を描くことにしました。門越しに見える教会を描きだした私の周りに5、6人の子どもが集まってきたのです。私のつたないクロッキー(絵)に興味津々に・・・。彼らは、“これは何”とか“何やっているんだ”といったことを尋ねてきました。私は“アレ、アレ”としか言うことができなかったものの、彼らはみな“おお、イグレシア。イグレシア”と言い、教会だとわかってくれました。そこで彼らの1人に、イグレシアという教会はどう書くのか、絵の下に書いてもらい、私の第1号は完成しました。
残念ながら、描き上がるとすぐに移動になってしまったものの、私がクロッキーをしているあいだ、彼らがなかなかじゃんという感じや、まぁまあだなとか、本当にいろいろな表情を見せてくれたこと。また、そのことがうれしくて、うれしくてたまらなかったことが、今クロッキーをみかえしていると、鮮明に蘇ってきます。
後に知ったのですが、教会の名前と思っていたイグレシアとは、教会という意味の単語だったそうです。
その後、訪問したNGOカサ・ダヤでは、もっと素敵なことが待っていました。庭から見える隣の家を描いていたときのこと。女の子たちが集まってきたので、“絵を描いてみない?”と言うと、その中の2人の女の子が素敵な絵をプレゼントしてくれました。2、3歳くらいの女の子は、たくさんの線を描き、筆ペン(水彩絵の具の水が入ったもの)を使い、幾重にも線をなぞり、素晴らしい線画を残してくれました。また、小学1年かそれくらいの女の子は、少し照れながら、髪の長い女の子の絵を描いてくれました。色鉛筆の中で、最も鮮やかでキュートな黄緑色を選び、画面の中心に小さく女の子・・・それが誰かは秘密だと言って、教えてはくれませんでした・・・を楽しそうに描いてくれたのです。こんな素敵なことは、ほかにはありません。
そして、私がホームステイした女子定住ホーム(カサ・アリアンサ・メヒコ)でも、絵は、私にたくさんの宝物をくれました。この宝物が、私にとって最も大きな収穫です。
というのも、今まで自分の内を対象に絵を描き続けてきた私は、カサ・アリアンサ・メヒコで初めて、人を対象に絵(似顔絵)を描いたのです。そして、人を対象に描くことが 、どんなに素晴らしく、豊かなことかを知りました。
一つには、絵を通して、目の前にいる人を知ることができることに、気がついたからです。絵を描いているときに目を合わせては、お互い照れ、笑って、また、真剣にしようとしておかしくなって大笑いしたり、描きあがるまでに、もうできた?とか、まだできないの?とか、まだ見ちゃだめだよ、とか、言葉がわからないなりの勢いと熱意だけで交わした会話で。更に絵描きの観点から、描いていて感じる、それぞれのモデルとしての個性の発見・・・自信にあふれている子や、恥ずかしがりな子。また、集中力の高い子や、積極的に描いてくれないかとアピールする子、自分をきれいに見せようとポーズをとる子。本当に様々でした。
もう一つには、自分の絵を喜んでくれる人がいる、ということを知れたからです。これは、ありがとうという一人ひとりの言葉に集約されると思います。このありがとうという言葉は、私に自信をくれ、絵を描いていく上での糧となるものでした。
“グラシアス。ムチャス・グラシアス(ありがとう。本当にありがとう)”私が今彼女たちに、心から伝えたい言葉です。まだまだ、ほかにも今回のツアーで得たことや、出会った人はたくさんいらっしゃいましたが、素敵な絵と画家としての喜びをくれたメヒコと、出逢いにありがとう。この言葉をもって、終わりにしたいと思います。
岡田 由利枝(大学生)
十日間で一番心に迫った瞬間は本当になにげなくて、それは一泊した定住ホームでみんなでテレビを見ているときでした。本当に女の子たちは無邪気でその中には辛い過去を背負っている子がいるなんて微塵も感じられませんでした。(もっとも、ずっと沈痛な面持ちでいられても困ってしまうけど。)でもきっとこの中には私には想像することもできないような痛みを経験した子供もいるんだろうなぁ、と思うとなんとも言えない気持ちになりました。気持ちを表現するというのは難しいけれど、強いて言えば「よくここまで頑張ったなぁ」という驚きと賞賛、そして『ここに至るまでの苦労を勝手に想像した』心の痛みでしょうか。
ストリートチルドレンと接する時、私などはどうしても彼らの傷について考えてしまいます。傷が軽い子ども、重い子ども、まだ癒えてない子ども、新たな傷と向かい合っている子ども、と様々な傷があると思うのですが外からは推して測ることはできません(だから勝手にあることないこと想像してしまうんですけど)。心の傷は完全に癒えることがあるのでしょうか?癒えるといいな、と女の子たちを見てて思いました。
ストリートチルドレンは私の目から見るととても自由でうらやましかったです。しかし、その自由奔放に見える影では自分に対する自信や尊厳を失っている子どもが多いということを学び、しかもその尊厳を虐待などの肉体的精神的暴力によって奪われたということを知ると、やっぱりうらやましいなどと思うことは恐れ多いと思いました。でも、果たして日本社会には自信と尊厳に満ちた子供があふれているでしょうか?自由もないけど、尊厳もないっていうのも中途半端だなとちょっと思ってしまったりして。(自分のことを言ってるんですけど。笑)本当の幸せをつかむということはどこにいても結構難しいことなんだろうなぁ、と今回のツアーで痛感しました。メキシコにまで行って、しかもストリートチルドレンの現状について考えるツアーに参加しているというのに自分と自分の国のことばっかり考えていたような気がします。自己中かも。(自己中毒??自己中心的??)
とはいえ、もちろんストリートチルドレンのことも考えさせられました。まずお金のことを考えました。メキシコは裕福な国ではないと思います。いくら政府の援助があっても、いつそんなもの打ちきられてしまったり、減らされてしまうかわからないし、(だいたいそういった事業に最初にしわ寄せがくるように世の中できてる。怒)ストリートチルドレンは全然減らないし施設も全然足りない。もし、援助が打ち切られたりしたらせっかく施設でうまくいっていた子どもまでまたストリートに放り出されてしまうかもしれないことを考えるといたたまれなかったです。(だから、色々な施設の人にお給料について聞いてしまった。)そして、施設があるからこそ、また人々が親切にしてしまうからこそストリートに残ってしまう子どもたちがいたりして、ストリートチルドレン自体の数の減少にはどうしたらいいのか全然わかりませんでした。人々が親切をやめて子ども達を飢え死にさせればいい、なんてわけはないし、かといってあんまり親切にしすぎてストリートにいたまま年をとらせてもいけないし。でも、うちの母曰く、虐待で死ぬよりは幸せかもしれない。
迷路みたいにぐるぐる回ってしまって全然結論はまだ出せていません。でも、ツアーのお蔭で、今まで考えたことのない課題に取り組むきっかけをいただいて感謝しています。ちょっとだけ自分の中でなにかが変わった気がします。
最後に、ツアーは本当に楽しかったです。これも一緒に参加した皆様と、心を砕いてお世話をして下さった律子さんと篠田さんのおかげです。本当に感謝しています。ありがとうございました。
讃岐 太一郎(大学生)
ストリートチルドレンについて考える機会というものは、NHKなどのメディアが時々取り上げる程度であるというのが日本における現状である。そのため、国民の間においてのストリートチルドレンについての認識というものは薄い。学校の授業などで簡単な知識として「知っている」程度でしかなかった私自身も例外ではない。その中で、私がNGO活動に少なからず興味を持ち始めた事がきっかけで、国際協力NGOセンターの会報によって、このスタディツアーの存在を知る事となった。
参加するに到った一番の魅力というのは、二人一組になって実際にストリートチルドレンとのコンタクトを取るという事であった。それは他のスタディツアーには無いものであった。というのも、現場には向かうが、そこで接触することは無いというのが一般的なツアーの行程であったからである。
ツアーは、メキシコシティでのNGO(ストリートチルドレンに対する)訪問、オアハカでの観光(10泊11日のツアーの中で最も印象深い場所は、このオアハカのソカロ(広場)であった。そこは、まるで「おとぎの国」のようで、人を引き付ける不思議な雰囲気を持っていた。)となっていた。
NGO訪問は、訪問数や訪問先が充実していた事で、実に有意義なものであった。ストリートチルドレンが発生する原因・背景、NGOの受入態勢や社会生活復帰を目指したプログラム、HIV感染に対する予防知識とそのケアなど、現場でしか得る事の出来ない「勉強」をする事が出来た。その中でも、最も興味深く質問を重ねた事は、各々のNGOやその職員が抱えている難点である。プログラムを行っている段階で抱えている難点を知り、解決する方法を考えなければ、その先に向かう事が出来ないのではないかと考えたからである。
その「難点」において大抵、NGOが抱えている事は「活動資金難・職員数不足」であり、職員が抱えている事は「子ども達の社会復帰は、彼等自身の意思が無ければ始まらないこと」である。強制しても、本人にその意思がなければストリートに戻ってしまうからである。ストリートには「制限」というものが無い。一度、社会復帰をするために施設での生活をしていても、その「制限」に疲れ、またストリートに戻ってしまう。このことは、職員にとって非常につらい事である。自分のこれまでの活動が実を結ばなかったような虚無感・焦燥感に襲われることは現実として在る。それだけではない。勿論、その子どもを心配する気持ちもある。
「結果の見えない仕事である」、数人のNGO職員から聞いた言葉である。メキシコの貧困や国家体制の不備が根本にある以上、ストリートチルドレンが無くなる事は困難であると考えられる。しかし、「ストリートチルドレンを社会復帰させる事 → ストリートチルドレンを出さない社会」を目指し、日々活動している人々がいる事を知らなければならない。また、その後方支援(この実態を沢山の人に認識させることが支援段階の第一段階であると考えられる。)は誰にでも出来る事を教えられ、考えさせられた。
最後に、このツアーに参加し、「知り、考える」ことの機会が与えられたことをありがたく思う。
松本裕美(看護婦)
“路上で生きている子どもたちがいる”そのことを知ってから約6年が経つ。私は2年前からこのツアーを通してメキシコの路上で生きている子どもたちに会いに行っている。今回で3回目になる。
毎年このツアーの季節である夏になると、わくわくするような気持ちと、複雑な思いがふつふつと強くなってくる。前に会った子はどうしているのだろう?また会えるだろうか?ティッシュが真っ黒にボロボロになるまでシンナーを湿らし吸いつづけていた子は・・公園で咳をしていた子は・・公園で泣いていた、とてもきれいな目をした子は・・夜一緒にサッカーをした子どもたちは・・施設で再び出会った少年は、ドラッグの影響で食べること、座ること、着替えること、鼻をかむことなどすべて人に促されなければ出来なくなっていた、その少年は今どうしているのだろう・・。また、ステイ先で仲良くなった少女達や、施設のスタッフ達は元気だろうか?また会いたい。彼らを取り囲む環境が少しでも良くなっていることを願いながら会いに行く。
今回のツアーでとても印象に残っていること、それは子どもたちの変化だ。
私は2日間、プロニーニョスのストリートエデュケーターと共に路上で暮らしている子どもたちに会いにいった。公園の隅の穴をねぐらにしている子どもたち、市場の裏でごみやハエに混じって寝ている子どもたち、地下鉄の階段の踊り場で寝ている子、デパートの前の舗装された歩道を一部占領してねぐらにしている子どもたち、彼らのほとんどが狼狽して見えた。目は伏し目がちで、眠たそうで、どこか不健康そうで、話しかけるエデュケーターに対して面倒くさそうな態度をとる子もいた。エデュケーターは彼らを翌日、施設(デイケアセンター)にくるように誘っていた。その場にいた私は、彼らははたして明日来るのかな…?と思っていたが、翌日の朝デイケアセンターに行ったところ前日に会った少年たちのほとんどが来ていた。そして、前日とは違い、彼らは活気に満ち、そして子どもらしく見えた。元気良く私の名前を呼び、“おはよう!”とあいさつをしてくれた。こんなにも変わるのは、安心できる環境、そして信頼できる人(ここではスタッフ)がいるからなのだと思った。2日間エデュケーターと行動していて、彼らはユーモアと愛情のこもった姿勢で、子どもの意思を尊重しながら、子どもたちと向き合っていることを感じた。こいうこともあって子どもたちは変化したのだろう。
信頼できる人、自分のことを気にしてくれる人、尊重してくれる人がいる。そして、むかえてくれる暖かい環境があれば人は変われる。子どもだけではなく、大人も同じだと思う。
また逆に誰かから信頼され、誰かのことを思いやり、尊重する。これも大切だ。今回のツアーで改めて実感することが出来た。
最後に。今回ツアーに行くまえにとてもうれしい知らせを聞くことが出来た。それは、ドラッグにより病んでいた少年が回復し、ほぼ以前の状態に戻ったということだ。少年は違う施設に移ったということで今回会うことはできなかったが、いつかどこかでこの少年とふたたび会いたい。そして、昨年約束をしたバスケットボールをしたい。
このツアーで出会ったすべての人へ
Muchas gracias!!