No.70

カサ・アリアンサ・メヒコ訪問記

松藤 紀子(会員)

 3月に、2日間だけですが、カサ・アリアンサ・メヒコを訪問しました。
1日目はマリア・エレーナ・ラモンさんとエデュケーターのアブランさんから、メキシコシティーのストリートチルドレンの現状についてお話を伺いました。二人ともとても熱っぽく語られ、彼らをなんとかしたいという思いが伝わってきました。
 現在、メキシコシティーだけで、統計で3万人以上のストリートチルドレンがいて、その数は、近年一層増え続けているようです。これはメキシコ政府の新自由主義政策によるものだと二人はいいます。つまり、メキシコが国として先進国のレベルに追いつこうするために、人口の大半を占める貧しい人たちを無視した政策であるからです。そのためにメキシコの貧富の差は、ますます広がっています。
 ストリートチルドレンといえば、もちろん貧困家庭の子がほとんどですが、最近では中流家庭の子でも、家庭内暴力などの理由で家に帰ることを嫌って、路上で仲間をみつけて住んでいることもあるそうです。また、以前は男の子がほとんどだったのに、最近は女の子も増えてきていたりと、一口にストリートチルドレンといっても状況は様々で、複雑になってきているということです。
 メキシコシティーでもストリートチルドレンの95%ちかくが接着剤などのドラッグに依存していて、避難所に入る子はドラッグをやめるのに苦労するようです。こんなこどものころから、現実から逃げ出したくなるなんて、どんなつらい思いをしてきたのかと思うと、悲しくなります。そんな子どもたちとどのように接すればいいのか不安でしたが、避難所のこどもたちの明るさにはほっとしました。中庭でサッカーに夢中の子たち、闖入者に興味津々の子たち。路上にいるというだけで危険だと見なされていた彼らですが、環境さえ整っていれば、普通の子となんにも変わりないのだと実感しました。みんなエデュケーターにとてもなついていて、話したがったり、腕にぶら下がったり。他人の愛情に飢えていたんだなぁ、と実感しました。アブランさんは、彼らが社会へ出て、家庭へ戻るためには、他人に敬意を持てるようにすることが必要で、そのためには愛情をもって接することが重要だと言っていました。
 二日目は避難所の男の子たちと、ソカロの近くの博物館へ歩いて行って、中庭で絵を描いたり、粘土細工をしたりしました。最初は私を遠巻きにしていた子もだんだん慣れてきて、べったりくっついてくる子もいました。みんな人なつっこくて、帰り道にはいろいろな質問もされました。「日本語でhola!はなんていうの?」「日本にメキシコ人いる?その人たちは何してるの?」などなど。中には、将来日本で仕事がしたいと考えている子もいました。私は、彼らが夢を持てるということがとても嬉しかった反面、彼らの夢は叶うのだろうかと、すこし寂しく思いました。物語を読んでその内容を絵に描くという作業で、半数くらいの子が字が読めないと言ったとき、改めて彼らが初等教育すら受けられる環境になかったことに思い当たりました。彼らは決して勉強が嫌いではないと思うし、むしろ好奇心旺盛でしっかりした子も多いのに、生まれた環境がきびしかっただけで、文字を読むことができないなんて。私と彼らと、何が違うというのでしょう。彼らに出会って、かわいそうだから助けてあげなきゃいけない、と思っていたことは間違っていたような気がしました。
 7年前に初めてメキシコへ行った私は、日干し煉瓦とトタン屋根の小さな家に一家がひしめき合って住んでいることや広場でガムを売る子どもの姿に大変ショックを受けました。大学でメキシコの子どもの教育について勉強しましたが、そこで、義務教育が無償であるにもかかわらず、それさえ受けられない子どもが大勢いることを知りました。貧困家庭では、生きるために子どもが働くことはどうしようもなく、親にとって、自分の子どもに教育を受けさせるということは、現実的なこととは思われていない場合が多いようです。いつまで経っても、彼らの生活が改善されることはないという悪循環なのです。
 ストリートチルドレンについてデータで総括的に知ると、彼らを助ける手段はないのではないかと、絶望的に思えてきます。私のような、なんの権利もない外国人に何ができるのか、というあきらめの気持ちです。しかし、避難所の子どもたちと知り合って、彼らを決して見捨ててはいけないという気持ちを強くしました。今回の訪問で、「私たちの出来ること」とは、
・メキシコだけでなく、世界中の大都市に幼い頃から働かなければならない子どもや、路上で生活する子どもがいて、彼らは権利を無視され、ほとんど何の保護もされていないという事実を正しく知ること。
・その事実をもっと多くの人に知ってもらうこと。
・少しでもいいから、経済的にカサ・アリサンサを援助すること。
・一時的ではなくて、ずっとこの問題に関心を持ち続けること。
ではないかと感じました。
 避難所の子どもたちとおしゃべりして仲良くなったことは、今後ずっと彼らのことを考え続けていくのにとても重要だったと思います。また、自分はとても恵まれているのに、不満ばかり言っている場合ではないな、と反省もさせられました。
もっと長くいられたら、もっといろんな話が出来たのに、と悔やまれます。もっとスペイン語を勉強して、またみんなに会いに行きたいです。

ストリートエデュケイター・リポート

FROM CASA ALIANZA MEXICO
私たちの会が現在、直接援助している、メキシコのNGO「カサ・アリアンサ・メヒコ」のストリートエデュケイターからの報告です 

  • 1999年8月から2000年2月 ストリートエデュケイターの活動報告(統計)
    ・路上で相談にのったり、ケガの治療をしたり、ケアをした子ども……620人
    ・誘いに応じ、施設「避難所」へ入った子ども………244人
    ・ほかの施設や支援プログラムを紹介した子ども…………50人
  • 2000年2から3月に行われた主な活動
    ・メキシコシティ内にあるストリートチルドレンの溜まり場(ストリートエデュケイターが訪問して歩く地点)31か所を再確認した。
    ・テピート地区の空き地内に、お菓子やシンナー類を売る商売をする子ども10人のグループを発見。
    ・サント・トマス通りの近くにあるアパート街で、少年少女にドラッグと引換えに売春をさせている男と、少女たちを売春に誘っている女を発見。メキシコ連邦区裁判所に二人を告訴した。
    ・ メキシコ政府の家族統合庁と、児童に対する搾取をなくすための会議を持った。
    ・ストリート暮らしの少女、ベアトリス・エスピンドラが、ドラッグの使いすぎによ
     る血液凝固で、死亡。
    ・アラメダ公園に暮らしていた少年、クリスティアン・フアレスが、ほかの少年の暴
     力により死亡。
    ・ラサ地区で、ストリート少女が死産。原因は不明。
    ・ストリートエデュケイター全員が、人権に関する専門研修を受けた。
    ・青年、ルイス・エルナンデスが、エイズで肺炎を併発し、死亡。

Back